特集ワイド:成長戦略の「虚構」 改訂版を閣議決定
毎日新聞 2015年07月09日 東京夕刊
日本経済は、かつての強さを取り戻しつつある??6月末、閣議決定された成長戦略「日本再興戦略」の改訂版はこんな言葉で始まる。アベノミクスによって企業業績は好転、消費も持ち直しの兆しを見せているとして「経済の好循環は着実に回り始めている」ともアピールする。だが、この戦略で本当に日本経済は狙い通りに成長していくのだろうか。【小林祥晃】
◇「実力」不相応の高すぎる数値目標/第一、第二の矢が妨げる構造改革
「(アベノミクスの)第1ステージは人間の体で言えば、デフレという病気から健康体を取り戻すことだった。第2ステージ(となる今回の成長戦略)は、健康体をさらに強靱(きょうじん)な、鍛え上げられた体躯(たいく)にしていくことだ」
甘利明経済再生担当相は6月30日、経済財政運営の指針「骨太の方針」と成長戦略の改訂版が閣議決定された後の記者会見で、成長戦略の効果と方向性の正しさを強調した。
安倍晋三政権が設定した中長期的な経済成長率の目標は「物価変動などを除いた実質で2%、名目では3%」。目標を達成するための政策を盛り込んだのが成長戦略だ。
「成長戦略」を振り返ると、小泉純一郎政権が2006年、経済政策の指針として「経済成長戦略大綱」を策定。その後、内閣が代わる度に独自色を加えた成長戦略をまとめるようになった。しかし、日本経済の課題がそう頻繁に変わるはずはなく、どれも規制緩和や構造改革など、おなじみの政策が柱になってきた。
さて、今回の安倍政権の成長戦略は、株価を上げることに熱心な内閣らしく投資を呼び込むためにコーポレートガバナンス(企業統治)の強化をメニューに載せたほか、国家戦略特区の推進▽女性活躍推進へ支援拡充▽情報通信業に従事する外国人を倍増??などを盛り込んだ。経済界からは「目新しい施策はない」「内容より実行できるかどうかが大事」と冷めた声も少なくない。
鋭い分析と歯に衣(きぬ)着せぬ論評で知られるBNPパリバ証券チーフエコノミストの河野(こうの)龍太郎さんにこのような政策で経済成長を果たせるのかを尋ねると「どうでしょうか」と首をかしげた。「歴代政権が成長戦略に取り組んできましたが、潜在成長率は右肩下がりです」
潜在成長率とは何か。経済学では(1)労働力の投入(2)設備など資本ストックの投入(3)生産性向上の三つの伸び率の合算をいう。現実の成長率は、中長期的には潜在成長率と同様の動きになると言われる。
河野さんによると、日本の潜在成長率は1980年代は年率4.4%。ところがその後は下がり続けている。「少子高齢化に伴って労働力人口が減少し、1990年代以降は『労働投入』のマイナスが続いています。これが潜在成長率を押し下げているのです」
成長戦略では、女性や高齢者の雇用促進も掲げているが、それだけでは十分補えないとした上でこう語る。「労働力人口の減少は需要減少を招き、設備投資を鈍らせます。1990年代以降の低成長は、人口動態の変化がもたらす構造的な現象なのです。この影響で2010年から2014年の潜在成長率は0.3%にとどまっている。これが今の日本経済の実力です。それを考えると安倍政権の目標は高すぎる。成長どころか、税収を読み誤って財政破綻を招く恐れもあります」
成長の重しは労働力人口の減少だけではない。
「アベノミクスの第一の矢(金融緩和)と第二の矢(財政出動)こそが、本質的な経済成長を妨げている」。そもそも本末転倒な経済政策だと手厳しく批判するのは、経済政策や国際関係の問題に幅広く発言している津田塾大教授の萱野稔人さん(政治哲学)。「金融緩和と財政出動で国内総生産(GDP)が増えるのは当然です。でも公共事業で景気を刺激しても、財政出動が終われば需要は止まる。むしろ景気を刺激している間に、これから人手が必要となる成長産業へ労働力が移らず、産業構造を固定化してしまう。第一の矢、第二の矢の副作用で構造改革が進まなくなるのです」
金融緩和による円安誘導は「日本の労働力の安売り」とも批判する。海外で日本製品の価格が下がるということは、製造に必要な労働力も安く買われることを意味するからだ。「円安に頼るだけでは、人件費の安い新興国との価格競争から抜け出せない。長期的な見通しを描けない政策を戦略とは呼べません」と萱野さんは嘆く。
元大蔵省(現財務省)官僚で「成長戦略のまやかし」の著者である慶応大准教授の小幡績さんも、第三の矢である成長戦略の内容について「短期的な景気拡大にしかならず、むしろ長期的には日本経済を衰退させる」と警鐘を鳴らす。一体、どういうことか。
小幡さんが批判するのは「企業の稼ぐ力を高める」とうたい、設備投資減税などを進める手法だ。「政策で特定の企業や産業を刺激しても、彼らは政策によるメリットを享受できるように動くだけで、長期的な成長につながる投資をすることはない。結局、既存企業を優遇することになり、企業は経済学で言う『レントシーキング』をして、政府への依存を強めてしまう」
「レント」とは、既得権益から生じる過大な利益のこと。レントシーキングは、企業がそれを得ようと躍起になって行動することを意味する。「減税も補助金も、結局は本来の成長につながる技術開発や創意工夫をおろそかにさせる。だから、政府が景気刺激をすれば経済が衰退するのは当然。突き詰めると、政府の成長戦略で成長を実現することは原理的に不可能。これまでも、経済全体の成長やイノベーション(革新)は、政策とは無関係な分野や企業から生まれてきたのです」
では、国にできることは何か。小幡さんは「人の成長なしに経済成長はない。人に投資し、じっくり人を育てることです。そうして誰も作ったことがなくて、世界中が欲しがるモノやサービスの創造を目指すべきです」。教育への投資が鍵と説くのだ。
萱野さんは「経済成長は何のためか、もう一度考えてほしい」と問い掛ける。「経済は国民生活を豊かにするのが目的。しかし、安倍政権は目先のGDPや株価を上げることを目的にしているのでは。だから『国際競争力を上げるためには残業代カットが必要だ』なんて考え方が出てくる」
萱野さんは、高齢化社会を支えるには今後も経済成長は必要で、国民一人一人の生産性を上げることが必要だと考えている。でも、と続ける。「国民生活を豊かにするためには、長時間労働を規制して働き方を根本的に見直すくらいの改革をしてもいい」
すべては経済指標を上げるために??。私たちはその発想から抜け出す時ではないか。
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最近の毎日新聞は本来ジャーナリズムの使命である「社会の木鐸」としての働きが、俄かに戻ってきている事を感じさせる。日本経済の弱さはこの20年間ハイブリッド車を除いては、世界中の人たちの心を捉えて離さないような商品が生み出されていない事にある。1970年代から1980年代にはソニー・ウォークマン、CD、ビデオ・レコーダー、ビデオカメラ、ディジタルカメラ、携帯電話などなど、世界中の憧れの製品が次々と世に送り出された。これらは、ニクソンショック、2度のオイルショックを乗り越える為にそれまで鉄鋼・造船などの重厚長大からこれらの軽薄短小に産業構造・社会構造を作り換える事ができたからであった。バブル崩壊以降の日本は、護送船団方式を続けた為に産業がイノベーションを止めてしまったところに原因が有る。それをリードしたのは通商産業省(経済産業省)である。通産官僚が日本の産業を潰したと言っても言い過ぎでは無い。その反省が無く、同じ発想でアベノミクスが作られている。そこに全ての原因が有る。(ブログ管理人) |