Listning:<論説委員が行くドイツのエネルギー大転換
国民の意思、政策に反映=青野由利
毎日新聞オピニオン 2015/03/24
福島の原発事故をきっかけに脱原発を早め「エネルギーベンデ(大転換)」を加速するドイツ。過酷事故を経験したにもかかわらず原発維持にこだわり続ける日本。同じ先進工業国でありながら、何が違うのか。先月、日本記者クラブの欧州エネルギー取材団に参加し、ベルリンを訪ねた。
「個人的には原発はクリーンなエネルギーとして優れていると思います。でも、ドイツではそういう意見を言う段階は過ぎました。どこが政権を取っても脱原発は変わりません」。国内最大の電力会社「エーオン」のベルリン代表部でエネルギー政策担当ペーター・ホーハウスさんが淡々と語った。
これまで原発や火力発電を中心に、燃料の開発から電力の小売りまでを網羅する総合エネルギー会社だった。それが昨年11月末、「原発や火力部門を切り離し、本体は再生可能エネルギー、地域の配電、顧客のコンサルティングに集中する」と発表し、衝撃を与えた。世界で6万人の従業員のうち本体に残るのは4万人。決断の背景にはエネルギー転換に伴う従来型エネルギーの業績悪化があるが、その流れは昨日今日始まったわけではない。
「ドイツは長年、原発を推進してきましたが、1986年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに国民の考えが大きく変わったのです」。経済エネルギー省を訪ねると、自らも脱原発を主張してきたライナー・バーケ次官が歴史を語ってくれた。国民の意見が国政選挙に反映され社会民主党と緑の党の連立政権が発足、2000年に脱原発を決めた。「再生エネ法」が制定され、「固定価格買い取り制度(FIT)」も導入された。
2010年、中道保守のメルケル政権が原発延命を決定したものの、法施行からわずか12週間後に福島の原発事故が起き、脱原発の期限は22年に戻された。「再生エネを推進し、原発から脱却する方針を掲げなければ、この国で選挙に勝つことはできないとわかったのです」。バーケ次官の言葉は確信に満ちている。
エネルギー転換によりドイツは14年間で再生エネの電源に占める割合を26%まで成長させた。欧州委員会が電力自由化・発送電分離を促したこともそれを後押しした。「国内の4大電力会社が送電ビジネスから撤退したことは重要でした」。東部で七つの州を担当する送電会社「50ヘルツ」の本社で広報担当のオリビエ・ファイクスさんがその効用を強調した。以前は電力会社が情報を一手に握り、送電も都合よく決めることができた。送電網の所有権分離によって透明性が確保され、そうはいかなくなったという。
今や、50ヘルツの担当地域では再生エネが電力の42%を占めるまでになった。2.2%(水力を除く)で「もう入れられない」と言っている日本とは大違いだが、変動型電源を大量に入れつつ、系統の安定性を保つために重要な役割を果たしているのが気象予測だ。
「私たちは世界でも最も高い予測能力を持っている。予測値と現実の値にほとんど差がありません」。ファイクスさんは胸を張る。ただ、時には綱渡りもある。一昨年4月には3日間、電力不足が生じ、汗だくになって欧州市場で電気を買い集めた。「予測と現実のずれをもたらしたのは薄い霧でした。気象予報士の予報があたらなかったのです」。こうした経験からノウハウを蓄積し、生かしていく必要がある。
送電網の拡充も重要課題で、政府は国の南北をつなぐ高圧送電線「送電アウトバーン」の建設を計画している。風力発電が集中する北部から南の産業地帯に送電するためだが、地元には反対運動がある。一筋縄では行きそうにないが、これがないと北の安い風力を南で使えず、南の高い電力を使わなくてはならない。もちろん、送電網の拡充にはコストがかかり、再生エネの調整電源の維持にも費用がかかる。「でも、将来はどうでしょう。風力や太陽光は燃料費がゼロなのでトータルでみた電気料金は安くなるはずです」。ファイクスさんは予測する。
電気料金の抑制については政府も手を打っている。昨年、再生エネ法を改正し市場での競争原理を導入することにしたのもそのひとつで、「電気料金は10年ほどで制御できるようになる」(バーケ次官)と見る。
脱原発に伴い、以前にもまして注目されているのが放射性廃棄物処分の問題だ。ドイツでは1977年、連邦政府が北部のゴアレーベンを高レベル放射性廃棄物の最終処分場候補地として選定したが、選定手続きへの疑問などから、一昨年、白紙に戻された。新たに「高レベル放射性廃棄物処分に関する委員会」を設置し、ゼロから選定をやり直す作業を続けている。
委員長で元環境省政務次官のウルズラ・ハイネン・エッサーさんによると委員会の課題は三つ。市民参加の手続きを決めること、立地選定手続きの検証、処分場の基準・決定手続きを決めることだ。「中でも難しいのが市民参加です。誰もが嫌がる施設を受け入れてもらうには非常に早い段階から参加が必要ですが、これまでそうした規定がなく、未踏の地なのです」
経済的優遇措置による解決を良しとしないのも特徴だ。むしろ、最適の場所を見つける基準を作った上で、手続きを透明にし、市民参加のもとで選定を進めることに重きを置く。「そうすれば、選定されるだけの理由があると、受け入れてもらえるのではないでしょうか」。加えて、脱原発によって放射性廃棄物の上限が定まったことも、合意形成にプラスに働くとみる。
このほか、日本の経団連に当たる産業連盟やシンクタンクでも話を聞いたが、「脱原発」「再生エネ推進」という点で合意は揺らがないと感じた。議論があるのはエネルギー転換の具体的方法で、当然そこにはさまざまな課題がある。ただ、そうしたドイツの挑戦を横目で見て弱点をあげつらったり、日本の条件の悪さを言い訳にしているうちに、彼らは経験を積み、先に進むだろう。結局のところ両者の違いは、国民の意思を政策に反映する力があるかどうかではないだろうか。
原文URL: http://mainichi.jp/journalism/listening/news/20150324org00m040004000c.html
但し、ドイツのエネルギー転換政策の力点はあくまでも省エネにあり、再生可能エネルギーは補助であることを付け加えておきたい。(ブログ管理人) |