都市計画は持続可能性とQOLの向上が基本であるべき
林良嗣教授の寄稿を読んで
ブログ管理人
当ブログはドイツの環境学者エルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー教授の著書「ファクター5」の考え方を踏襲しているつもりで作っている。 日本語版「ファクター5」の監修をお願いした名古屋大学持続的共発展教育研究センター長で国土デザイン学教授の林良嗣先生が、Wedge5月号に寄稿された「都心と郊外で100倍のコスト差――スマートシュリンクで解消」を読ませて戴いた。
文の冒頭で「地方再生が喧しく語られているが、多くが持続不可能なカンフル剤的な地域経済政策である。」と袈裟がけに一刀両断されている。ブログ管理人が住む町田市は東京の西南の隅に位置する人口40万の典型的なベッドタウンである。この街には南端をかすめる国道246号線と北端をかすめる国道20号線(甲州街道)を結ぶ、全長約30kmの町田街道(都道47号141号線)と言う道路が有る。この道路は市街地を通っている為、殆どが片側一車線で信号機が殆どの交差点に付けれており、交通の流れは悪い。高度成長経済当時は、渋滞するのが名物の交通の難所であった。その後、交差点には右折専用レーンが設けられた事と、経済の後退による交通量の減少によって昨今では、それほどひどい交通渋滞は見られなくなった。1980年代の交通渋滞が最も激しかった頃に東京都は都道3.3.36号線の建設を決議したが、この道路建設がアベノミクスとやらで俄かに進められている。新しい道路は片側2車線中央分離帯、両側に歩道が有る立派な道路で町田街道と並行する。少子高齢化し、生産人口の減少と共にGDPは減少し、交通も減って行こうとしているのに、である。道路を建設する事が目的になってしまっており、正にカンフル剤効果以外のものは無い。このような事が恐らく全国で繰り広げられ、年間3.7兆円(H27年度)もの建設予算が使われているのだろう。
林教授は名古屋市西南外縁部を取り上げ、この地域が伊勢湾台風で高潮を被ったが、人々がそこに再び住んでいるので、大堤防と多くの排水ポンプの維持の為に多大なコストが掛かっており、同じQOL(Quality Of Life=生活の質)を維持するのに名古屋市中心部の100倍のコストが掛かるようになると指摘しており、このような周辺部からは税金を使ってでも中心部への移転を促進すべきと述べておられる。
現在の都市計画には住民のQOLを増進すると言うような考え方が、そもそも有るのかどうか疑問である。最近、自転車事故が話題になっている。自転車はこれからの持続可能性社会においては、大変に重要な交通機関となって行く。製造時に消費される資源とエネルギー以外には機能維持の為にエネルギー消費をしない自転車は、地球環境に負荷をかけない交通手段である。欧州の先進国では自転車通勤が推奨されており、市内には自転車交通の為に、自転車専用レーン、自転車優先の交通法規、駐輪場の整備、リクリエーションの為の長距離自転車専用道路の整備が積極的に行われている。歩行者と自転車の分離は当然の事として、道路行政の一部となっている。日本で今持ち上がっている問題は、自転車と歩行者との事故の急増である。数年前に、神戸市で自転車に乗り坂を下っていた小学生が、婦人を撥ねその婦人が植物人間になってしまい、婦人の家族が起こした民事訴訟により、小学生の両親に賠償請求訴訟が起こされ、裁判所は4000万円の賠償金を命じた。この訴訟は本来、自転車と歩行者を分離すると言う道路行政を行わなかった道路管理者に対して、行われるべきであったと考えるべきである。この訴訟を機に、全国の自治体は自転車保有者に、自転車保険への加入を促進している。自転車事故は防げないので、保険に入れさせて事故が起きたら補償をすれば良いとの考えのようで、ここにはQOLを向上させるとの考えは見当たらない。
東日本大震災の復興事業の中に、陸前高田市の12メートルのかさ上げ工事と言うのがあるが、それまでして津波の危険がある場所に以前あった街並みを戻さなければならない理由があるのだろうか。かさ上げ工事をした地盤には、それ相応のメンテナンスを行わない限り地盤沈下は防げない。つまり継続した保守コストが掛かってくることは必須である。つまりこの地域の住民のQOLを維持するのに必要なコストは他の地域に比べ大幅に高いものになる。名古屋市南西部と同じく、税金を使ってでも移転を進めるべき対象である。そんなところをわざわざ作っているのが、復興省と国交省がすすめている政策である。
スマートシュリンク(賢く凝縮)では、QOLに対するインフラコスト、つまりその事業を行うことで住民の幸せが向上する度合いを重視する。とにかく何んが何でもGDPを増やし、税収を増やそうとする政策とは違う。2100年には日本の人口は4000万人まで減るとの試算もある。人口の減少には歯止めはかからずGDPは必然的に減少する。日本のように社会インフラが充実した国は、これからはインフラの拡充はもはや必要とされておらず、道路建設に使われようとしている予算は、福祉や医療に回す方がQOLの向上となる。箱ものの建設予算は、建築物の低エネルギー改築に使われることで、エネルギー需要は最低でも30%が削減され、燃料の輸入コストは大幅に下がる。その具体策は「ファクター5」に詳しい。
林教授は国土デザイン学と言う、おそらく林教授が始められた学問はフォン・ヴァイツゼッカー教授が「ファクター5」の中で提唱している持続可能な社会を現実化させる国土を建設する学問であると思われる。林教授はこれまで、交通インフラを中心に、都市のグランドデザインを研究されバンコック市の再開発などで実証を積んで来られた現場を知る学者である。2100年には地球人口は120億人となり、その90%は都市生活者となるとの予測が有る。これからの国土デザインとは都市をどのようにデザインして行くかにかかっている。アベノミクス等と言う単なるカンフル剤効果により上がった株価に酔いしれている日本の政策立案者は林教授に教えを請うべきである。 |